アイロンビーズでお菓子のパッケージや名画など、アイコニックなモチーフを用いた作品を制作している沼田侑香さん。
新たな表現手段を模索するなかで出会った思いがけない素材と、そこから辿り着いたコンセプトについてお話をお聞きしました。
ゲスト:沼田侑香 アーティスト
聞き手:小林裕幸 (ART FOR REST クリエイティブプロデューサー)
──素材との出会いをきっかけに辿り着いたコンセプト
小林裕幸(以下、小林):数年前、知人に面白いアーティストがいるよ、って教えてもらったことがきっかけで沼田さんの活動を知りました。その後、私が参加した30歳以下のアーティストを紹介する企画『J-ENTERTAINMENT』でご一緒させていただきましたね。
沼田侑香(以下、沼田):そうでしたね。
小林:アイロンビーズという、小さなパーツによって平面を構成するものを素材にしていながら、ものすごく巨大な作品を作っていたことにまずびっくりしました。
その素材とのギャップも作品がすごく歪んでいる状態も、とても面白かったんです。不確かな立体のようなもの、を作っていることに時代性も感じられて。どういう思考でこういったものを作っているのか、とても興味が湧きました。

沼田:私は、東京藝術大学の油絵科にいたんですけれど、約千年も前からずっと使われ続けている油絵の具に触れているうちに、その行為がループしているような、自分の活動が新しいものを創るというよりも、表面的な部分だけになってしまうだろうと思っていたんです。
小林:うんうん。
沼田:別の素材に置き換えたり絵ではなく立体だったり、アプローチをしたいとずっと考えていたんです。その頃、たまたまおもちゃ屋さんを歩いていたら、アイロンビーズを見つけて。子どもの頃に遊んだ記憶が蘇ってきたんです。
これだったら絵にもなるし、表裏も見られるし、考えているような2次元と3次元の間の様なところを取れる素材なのではないかと思って。実験はしないで、いきなり2mの作品を作ってみたんです。
小林:最初に2mの作品を!?
沼田:それは、シンデレラがバグっているような作品なんですけれど、高さは2mで幅が1.4mくらい。吊るして展示をしたらスカートがふわっ、と開いているような半立体みたいな形になって。その様子はすごく美しかったし、なんかこう、図像とコンセプトと全てがすごくマッチした感じがあって。この素材は可能性があるかもしれない、と思ったんです。
小林:うんうん。
沼田:アイロンビーズがピクセルの集合で図像が現れる、カメラやモニターのようなものとすごく似ているなと。モニター越しに見ることが普通になっている今っぽくて、平面から立体を飛び越えられるんじゃないか、っていうことを素材を通して思いついたというか。そういったコンセプトに辿り着いたというのはあります。

──プロフェッショナルになる、ということ
小林:アイロンビーズの作品を作りはじめたのはいつ頃ですか?
沼田:大学3年生の頃ですけれど、私は藝大に入学するのに3浪したので23歳くらいでした。
小林:浪人中はどんなことを?
沼田:毎日、朝9時から夜9時まで、ずっと絵を描いていたんです。もう修行と言えるような感じで。
最終的に絵を上手く描くということが、デッサン的な立体感を捉えることではなくて、絵画をどうやって作るか、という事だと気付けたと感じています。

小林:テクニックを超えたものとして、スタイルが確立されているかどうか、なのかもしれないですね。そういう気付きがなくて、自己表現にならない人もたくさんいるだろうから。
沼田:そうですね。
私は絵を見るのもすごく好きなんです。アイロンビーズの作品をはじめて、油絵をやめた時も、自分はこれを超えられないな、というか、自分よりいい絵画を作っている人がいっぱいいるから、私はここのフィールドじゃなくてもいいんだって。
小林:うんうん。
沼田:若い時は「好き」と「やりたい」をずっと混ぜて考えていたのだと思うんですけれど、自分は作ることが好き、じゃあどんな素材を使うのか、というところを分けて考えられるようになったとき、意識がすごく変わりました。
小林:それがプロフェッショナルになる、ってことなのかもしれないですね。

──作品を所有する、という気持ち
小林:絵が好き、とのことですけれど、自宅には何か飾っていますか?
沼田:好きな作家さんの作品を飾ったり。
自分の作品もちょっと壁にかけてみたり。

小林:作品はどこで買いますか?
沼田:周りに作家が多いので、直接買うことが多いですね。
あとは、好きな作家と自分の作品を交換したり。
小林:なるほど。アーティストならではですね。
自分の作品も飾ってみると感じることがあると思いますし。
やっぱり、アート作品は、物を買う感覚とは違いますよね。
沼田:やっぱり作品を買ってどこかに飾るのって、この壁に飾る、とかピンクっぽい絵が欲しい、みたいに考えちゃうとインテリアになってしまうけれど、作品を自分のなかに保存する、所有する、という気持ちで購入してみると、愛着というか意識が変わるのかな、って思います。
小林:そういう視点で考えたら、作品の買い方も飾り方も変わりますね。

──何かが微妙にずれていく状況を可視化する
小林:今回、ART FOR RESTではカワラボさんで制作をした新作の版画を販売しています。 制作はいかがでしたか。
沼田:最初はドローイングを版画にすることを考えていたんです。そこにアイロンビーズの作品をスキャニングして版画にするというアイディアをご提案いただいて。初めは想像もつかなかったんですけれど、最終的に自分が思っていた方向と全然違う形になったのは、すごく面白かったです。

小林:アイロンビーズを使って立体物として作った作品が、逆に今度は平面になるという面白さがありましたね。
だけど、奥行きや立体的な感覚を保ったまま平面(版画)になっているという、視覚的な違和感って、沼田さんの作品に通底するコンセプトから外れていないと思うんです。
沼田:そうですね。
自分はいつも、歪みやバグだったり、崩壊してる状況の様なものを作品に使っているのですが、もともとは、モニターのなかでしか起こり得ないことを立体にすることで、現実の世界に取り出すようなイメージで作っていたんです。でも、最近はそのバグみたいなものって、みんな感じているというか、人とのコミュニケーションもそうですけど、何かが微妙にずれていく状況みたいなものってよくあるじゃないですか。
小林:それは時代的にも強く感じますね。
沼田:この感覚って言葉にはし難いけれど、それを作品にすることで言葉にできない何か、みたいなものが可視化できるんじゃないかっていうのは、作品を作り続けるなかでだんだん感じるようになって。特に今回も、色々なずれが生じてこの作品になったと思うんです。こうして立体だったものがまた平面に戻ってくる状況とか。
小林:今回の版画はその様な「ずれ」がとても感じられますよね。
沼田:作品のモチーフになっている、パソコンソフトのアイコンとか、駄菓子のパッケージとか、それ自体に懐かしさを感じる人もいれば、こういうものがあったな、って思い出す人がいたり、みんな違う気持ちを持っている、その曖昧さみたいな部分があって。私たちの生のコミュニケーションから発生する「ずれ」みたいなものが、作品を通して伝わったら、と思っています。
小林:確かだけれど不確実、なことを想起させながらも、一般的に親しみのあるアイロンビーズを素材にしていて、ぱっと見た時にアイコニックなモチーフを使った綺麗な色のものだな、って買ってくれる人がいるのも面白いと思うんです。
沼田:そうですね。コンセプトが見えることはもちろん重要ですけれど、それよりもぱっと見て面白い、と感じる作品というのは自分でもとても望んでいることだと思います。

PROFILE
沼田侑香 Yuka Numata
1992年生まれ、千葉県出身。2019-2020年ウィーン美術アカデミーに留学。2022年東京藝術大学大学院修了。インターネットが日常的に使用されるデジタルネイティブ世代に生まれた沼田侑香は「現実とデジタル世界の乖離とその未来」を想像し制作している。現代における時代性、特質、世代の特徴をリサーチした情報をパソコン上で編集、加工したデジタルイメージをアナログな作業によって置き換え、現実世界における次元の超越を図っている。