見るものの心を捉えて放さない、強烈なインパクトを発する絵を描く松尾スズキさんに、
作品を描きはじめた経緯、住空間とアートの関係などをお聞きしました。
ゲスト:松尾スズキ (作家、演出家、俳優)
聞き手:小林裕幸 (ART FOR REST クリエイティブプロデューサー)
──コロナ禍で描き始めた絵
小林裕幸(以下、小林):松尾さんの作品は、昨年の12月に開催した個展の準備の際に拝見させていただいたのが最初なんですけれど。
その時、松尾さんにとって、小説や脚本などの言葉を「書く」ことと、絵を「描く」行為って感覚としてどう違うのかな?ってことが一番気になっていたんですね。
松尾スズキ(以下、松尾):絵は必要にかられて描いたことも結構あるんです。ポスターとか当日パンフレットとか。
自分のなかにアイディアがあると、それを形にしたいっていう気持ちはあるんですけれど、
個展のために描きはじめたのは、全然動機が違うんです。
小林:どんな?
松尾:コロナ禍で家にずっといたとき、やっぱりああいう状況って、心が乱れるじゃないですか。
それでコンセントレーションというか、写経みたいな感じで描き始めたんです。
それに家のなかが殺風景だから、描いたものを飾ろうって気持ちもあって。
小林:確かに、あの時は気持ちがどこに行ったか分からなくなる、っていうのはありましたよね。
先も見えないし、縦にも横にも動けない、みたいな感じだったから。
松尾:そういう時、ちょうどYoutubeとかで絵を教えてくれる人がいっぱいいたんですよ。
多分、部屋ごもりの人が増えて、需要が出てきたんでしょうね。
家で描いてみない?みたいなノリで。
小林:Youtubeを見て、やろうと思った?(笑)
松尾:うん。
Youtubeではね、薄い色と濃い色、どっちから塗った方が効果的か、とか教えてくれるんです。
そういう単純なことも知らなかったんですよ。
俺、美大行ってたよな、って思ったりしながら見てましたね。
──真っ直ぐな線が引けない
小林:当時、美大では何を専攻していたんですか?
松尾:グラフィックデザインです。でも、才能がなかったというかね......。
教授に「お前、真っ直ぐな線が引けないな」って怒られていて。
烏口とか定規とガラス棒を使ってピューって線を引くとか、細かい技術が要求されるんですけれど。
俺が烏口で線を引くとね、必ず線がびよーってなっちゃう。
そういうセンスがなくて、よくクラフトマン精神がないって、言われましたね。
小林:すごいな、それは。
松尾:本当は絵が描きたかったのかも知れないけど、兄弟で唯一大学に通わせてもらっていたから、
親の手前、ちゃんとした職業に繋がる要素を入れとけ、みたいな気持ちがあったんですよね。
だから、油絵とか彫刻とかやってる友達がうらやましかったですね。
小林:卒業後はデザイナーとかを目指していた?
松尾:最初はね......。
でも、すぐに無理だって思って。
授業でレタリングとか設計図を描いたりするんですけれど、俺だけ必ず画面が汚れていくんですよ。
集中力がないんでしょうね。
小林:エッチングを制作する際にご一緒しましたけど、集中力がない感じはしなかったけれど。
松尾:ヨレた線を引く集中力はあるんですよ。でも真っ直ぐな線は苦手。
一筆で描くのが早い、なんてことは言われますね。
小林:展覧会でライブペインティングをしていましたけれど、すごい早いな、って思いました。
松尾:30分という短い時間だけね。
演じている感覚に近かったですね。
──ウケを狙いたい
小林:さっき、絵を描き始めたきっかけはコロナ禍だと伺いましたけれど、
それって誰のためでもなく自分のために描いているってことですよね。
松尾:うん。でもやっぱり、展覧会とかになるとウケたさがどこかにあるんですよね。
だからただ飾っているだけだと気が気じゃない(笑)。タイトルとか説明文で笑わせようとしたりして。
小林:展覧会の時は作品が250点以上もあったじゃないですか。
普通、こんなに短期間で描ける数じゃないですよね。
松尾:やっぱり、展覧会の形になると、演劇性が出てくるというのはあって。
とにかく物量で楽しませたいな、って。
小林:そこはすごいサービス精神ですよね。
あと、松尾さんの作品を見ていると、何を伝えたいんだろうな、って思うんです。
松尾:なんですかね......分からないですけれど。異世界?かな。
演劇とか映画で生の人間を扱っているじゃないですか。
逆に、人間じゃないもの、演劇でも映画でもできないものって、こういうものじゃないですか。
小林:確かに、頭から火を噴き出したり......こんな事はできないですね。
松尾:まともな人、ひとりも出てきてない。
こういう事が、生身の人間を扱うことにフィードバックされてきて、いい関係になるんじゃないかな、って思っているんですよね。
小林:そこと舞台はなんとなく繋がっているってことなんですね。
松尾:自分のイメージを役者たちに伝えるときに「この絵の感じ」みたいなことを言ってみたりしようかな。
何も言わずに稽古場に飾っておいて。絵画という名の嫌がらせをね(笑)。
──自分の絵に囲まれていても平気でいられる
小林:無意識に描いてしまうモチーフとかはあるんですか?
松尾:うーん。眼鏡をかけた人はよく描きますね。
なんか、55歳くらいから眼鏡なしでいられなくなっちゃって。
慣れないものを着けているから、なんか不快なんですよね、視界が開けるのは快なんだけど。
多分、無意識にそれが現れているのかな。
あと、眼鏡をかけると絵の座りが良くなるんですよね。
小林:それは面白いお話ですね。
小林:自宅に自分の絵以外に飾っているものはあるんですか?
松尾:ほぼ無いです。
小林:それはすごい(笑)。
松尾:意外とね、自分の絵に囲まれていても平気でいられるんです。
この前、知り合いの漫画家の人と話していたら、自分の絵に囲まれるなんて絶対嫌だって言っていて。
小林:そういう方もいらっしゃいますよね。
松尾:自分の絵が増えれば増えるほどね、お酒が呑めるんですよ。
部屋にいることに飽きない。
小林:それはまたいい(笑)。
松尾:俺はこんなに作品を見ていられるんだから、あなたはどれくらい見る?みたいな。
勝負だよ、っていう(笑)。
小林:ずっと見ていられる面白さがありますよね。
松尾:うちの奥さん、非常に感覚がノーマルなんですよね。
で、俺がこういう(自分の)絵を飾るじゃないですか。
そうすると、非常に微妙な顔をするんです。そんな彼女に対する嫌がらせ(笑)。
小林:松尾さんの絵がいっぱい飾ってある部屋で、どんな気持ちで生活しているんでしょうね。
松尾:だんだん洗脳してきていて、最近は悪くないな、みたいな感じになってますね(笑)。
小林:中毒性があるのかもしれないですね。
──収まりのいいアートを家に飾って、そんなに快適にしたいかい?
小林:日々の生活にスパイスみたいな気づきを与えてくれるのがアートの役割なのかもしれないと思うんですよね。
それは、アートってかっこいい、みたいな単純な話じゃなくて。それは時に強烈なインパクトになるから。
松尾:人からおしゃれに見えたくて取り入れているアートみたいなの、あるじゃないですか。
これが格好良いんだぜ、みたいな感じの。そういうの嫌ですね。
小林:自己顕示のためのアートもありますからね。
松尾:飾る用の洋書とか買う人いるじゃない?
そういうのちょっと嫌じゃない?
小林:ああー(笑)。
松尾:飾る用の洋書ほど格好悪いものないよね(笑)。
でも、そういうことを否定すると、非常に自分との戦いになる。部屋にアートは飾りたいけれど、じゃあ何を?って。
小林:松尾さん的、格好良さってどんなことだと思いますか?
松尾:何て言うのかな......。
自分の絵は、収まりのいいアートを家に飾って、そんなに素直に快適にしたいかい?ってことを訴えている気もするんですよね。
小林:なるほど。
言葉を書く仕事をしている松尾さんが、言葉では言えない感覚を絵にしているのかもしれないですね。
松尾:久しぶりに自分の描いた絵を見て、俺、どうしてこんな絵を描いたんだろう?って思う時があるんです。
だから、僕の絵を買った人も、なんでこんな絵を買ったんだろう?って思ってくれたら面白いかもな。
PROFILE
松尾スズキ Matsuo Suzuki
1962年生まれ。福岡県出身。
少年期、漫画家に憧れ、雑誌社への投稿を始める。大学時代はデザインを専攻。
1988年に大人計画を旗揚げ。主宰として作・演出・出演を務めるほか、小説家・エッセイスト・脚本家・映画監督・俳優など多彩に活動。
自身のエッセイでは多くの挿画も手掛け、2013年には、作画・文章ともに描き下ろしたオリジナル絵本『気づかいルーシー』を刊行、2019年の舞台『命、ギガ長ス』では作・演出・出演に加え、舞台美術も手がける。2022年の舞台『ツダマンの世界』ではメインビジュアルのイラストも担当。
1997年に舞台『ファンキー!~宇宙は見える所までしかない~』で第41回岸田國士戯曲賞、2008年に映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』で第31回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、2020年に舞台『命、ギガ長ス』で第71回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。
2020年よりBunkamuraシアターコクーン芸術監督に、2023年より京都芸術大学舞台芸術研究センター教授に就任。
2023年12月には自身初の個展「松尾スズキの芸術ぽぽぽい」を開催。