ゲスト:大石卓 (アーティスト)
聞き手:小林裕幸 (ART FOR REST クリエイティブプロデューサー)
──ポスターサイズへのこだわり
小林裕幸(以下、小林):今日はご自宅兼アトリエにお邪魔してお話をお伺いさせていただいていますが、色々な作品やオブジェがありますね。
大石卓(以下、大石):リビングや寝室など、自分が住まうところには自分の作品はないんです。プライベートで持っている他の方の作品は、飾るという感覚よりも、持っていたい、という気持ちが強いですね。
小林:なるほど。
ご自身の作品について、何か意識していることはありますか?
大石:僕の作品に関しては、全部40号を縦構図で描いていて、これは、ポスターのサイズなんです。よく作品を見て「大きいね」って言われることがあるんですけれど、実は家に飾っているポスターと同じサイズなんですよ。
小林:ポスターのサイズというのは、大石さんの作品でひとつのキーワードな気がします。家に大きなサイズのポスターは飾るのに、同じサイズの絵はそうはならない。そういう視点を大石さんが投げかけているような感じがします。
大石:画面は縦サイズですけれど、これが横だとものすごく大きく感じちゃうんです。
それに動植物もポートレイトとして、そのものの性格を描きたいと思っているのでこの構図なんです。
小林:作品への関わり方が、いわゆるインテリアとしてのポスターと真逆にあるのでとても惹かれます。 その考え方は興味深いですね。
──教育を与えてくれた父、芸術的刺激をくれた伯母
小林:大石さんの絵のモチーフ、動物や昆虫はどう選ぶんですか。
大石:このモチーフは全部、小学生の時に買ってもらった旺文社の図鑑を参考にしたものですね。 父は、戦後の典型的なサラリーマンで、休みの日はゴルフに出かけて、平日も帰りは遅くて。家族サービスはゼロでした。動物園とか水族館に連れて行ってもらった記憶もないし、どこか連れて行ってくれ、って頼むと「しゃーないな」って、近所のタバコ屋まで連れていかれるような感じだったんですね(笑)。
小林:おつかいですね(笑)。
大石:だから図鑑を見て夢を膨らませて。この図鑑は「宇宙」「岩石」「動物」など一冊になったものがシリーズになっているんです。今のようにインターネットも無いので、気になったものを自分で図鑑を見て調べていました。
小林:お父さんは昭和の典型的なサラリーマンだったんですね。
大石:この図鑑もそうですけれど、父は教育に関しては制限することなく与えてくれましたね。
習い事とかも色々とさせてくれました。
小林:いいお父さんですね。
大石:ブラジルにいた頃、みんなサッカーをやるんですけど、僕はクラシックギターやピアノをやっていました。この頃から絵もずっと描いていましたね。伯母が絵描きだったので、その影響もあったかもしれません。
小林:ブラジルにいる頃というと、中学生くらいですね。
芸術的な刺激を与えてくれたのは伯母さんなんですね。
大石:レズビアンの伯母さんで、僕が芸大に入った時に亡くなってしまったんです。その時に画材を譲ってもらって、いまも使っています。彼女は面白くて、二科展で日本画を発表したり、三ノ宮でバーをやっていたり。3回結婚していて、子どもはいないんですけれど、綺麗なスタイルのいい人で、ヌードモデルをやったりもしていて。伯母さんは憧れというか、住んでいるところも洒落ていて、会うと色々な美味しいものを食べさせてくれたり。
小林:伯母さんは大人の世界を教えてくれる人だったんですね。
大石:子どもって、そうやって大人になっていきますよね。
──エキゾチックとエロスの共存した作品
小林:大石さんの作品からは、エキゾチックさとエロスのようなものを感じるのですが。
大石:まさにそれをテーマに描いているので、そう感じていただけて嬉しいです。
イラストみたいな可愛らしいモチーフで描いたりもしているんですけれど、仰ってくださったような、見ていてドキッと、怖いような可愛いような、むずむずする感じを自分で描きたいんです。
小林:それが伝わってきますね。
色々な土地で育ったことも含めて、生い立ちとして自分のなかのルーツを作品にアウトプットしている感じがします。
大石:絵を描いて発散する、という感じなんです。
絵を描いても、売れなきゃ、とは考えていなくて。描きたいから描いているだけ。
人って「こうしなくちゃいけない」って自分で決めて、自分で苦しめているだけじゃないですか。何か吐き出す方法が無いと。自分で消化して解放してまわせるものを持つ、ということが大事かな。僕にとってはそれが絵やディスプレイの仕事ですね。
小林:描きたいから描いている、って絵を描く人の原点だと思いますね。
大石:ご飯でもなんでも、人が一生懸命作ったものに心が打たれるんです。僕の場合も速乾剤を使わないで3、4日かけて乾かすクラシックな技法で油絵を描くっていうのが大事。そうしてやっていきたいな、って思うんです。そういう行為が好きなんでしょうね。
──他者を見る目と自分を見る目
小林:大石さんの描く生き物は、よく見ると左右の目が異なっていますね。
大石:これは小さい時からの癖で。人と話す時は、相手の目を見ますよね。そうすると目が左右対称な人はいないんですよね。ラジオの受発信みたいに、出したものと戻ってくるもの「発信している目と受け取っている目」ということで描いています。
小林:「他者を見る目と自分を見る目」とも言えるかもしれませんね。
そういうところにも哲学を感じます。
大石:ものをつくる人に哲学がないと嫌かな、って思いますね。
──犬のポートレイトシリーズ
小林:ART FOR RESTでは、ジグレーの犬のポートレイトシリーズもご紹介させていただいています。
大石:犬って擬人化できるな、って思ってポートレイトのつもりで描きました。こんな雑誌の表紙があったらかわいいな、と思ってシリーズのように設定して描いたものです。
小林:面白い試みですね。
大石:僕は飽きっぽいので、コンプリートしたくなるようなものを考えたんです。
自宅もひとつひとつは美しいものがあるのだけれど、統一感を持たせることができなくて、でも作品はずっとシリーズとして展開してみようと思って。
小林:この作品には連続性とか繋がりがあるんですね。
でも、ご自宅も大石さんらしい統一感を感じます。色々なものがあって、普通は雑然としてしまうはずなのに、調和が取れている。これはなかなかできないです。海外での経験もふくめて、いろいろな要素が入っているんでしょうね。
なぜ大石さんの絵が生まれてきたのか、分かった気がします。
大石:そう言っていただけると嬉しいです。
小林:もうひとつ、ART FOR RESTでは犬のポートレイトの受注も予定していますね。
大石:はい。この子は二代目なのですが、前の子が亡くなった時にペットロスになってしまって。 その子のポートレイトを自分で描いたことからスタートしています。
この受注もどれだけリアルに描くことができるかが大事かな、って。肖像画として、お渡しした時に生写しみたいだと感じてもらえるように描かないと、って思っています。
──作品を飾るということ
小林:大石さんは自分の作品をどんな人に買って欲しいと思いますか?
大石:僕は、自分の絵がすごいのではなくて、買ってくださった方、選んでくださった方が本当にすごいな、って思っちゃう。こんなにややこしくて、選びづらいだろうし、でもそれを分かってくださる方がいることがすごいって。作品を見て面白いな、って思ってくださる方なら、どんな方でも嬉しいですね。
小林:なるほど。
大石:家に絵を飾るのってインテリアではないし、とはいえインテリアの一部でもあって。海外だと、家具を替えることはできないけど、部屋の雰囲気を変えるのに絵を飾る。そういう雰囲気の絵になったら嬉しいですね。今月は僕の作品でちょっと強い気分を感じたいな、とか。
小林:そういう気持ちをそれぞれがアートで表現してくれたらいいですよね。
大石:アートって実用性はないけれど、そういうもので心が豊かになる、ってことに気付く。
そういう人が増えてくれるといいですね。
小林:そうですね。
大石:最近、若い子たちが美しく生きようとしている感じってあるじゃないですか。ケミカルなものを食べないように自分で自炊したり、丁寧に生きる、というか。それって、いまは自分のテリトリーのなかで行っているけれど、その範囲が広がっていったら、部屋に花を生けてみよう、ちょっといいお鍋を買ってみよう、みたいにどんどん広がってその先に部屋に絵を飾ってみよう、に続くかもしれないですよね。
PROFILE
大石卓 Taku Oishi
1962年 東京都杉並区生まれ
1963-68年 両親の転勤により、サイゴンとバンコクで小学校入学まで過ごし帰国
1975年 中学校入学と共にサンパウロに移り、油画を始める
1981年 高校卒業後、東京藝術大学美術学部油画科に入学
1985年 東京藝術大学の卒業制作を兼ね、銀座「かねこアートG1」にて個展
1988年 渡仏。パリ遊学
1992年 帰国後、講師や百貨店のイラストやディスプレイを業とする
シロタギャラリー(銀座)、スカイドアギャラリー(青山)、ギャラリーマルヒ(根津)、ギャラリー椿(京橋)等で個展・企画展を開催。