ART FOR REST TALK vol.02

ART FOR REST TALK vol.02
有機体が発する熱を光としてとらえ、対象の姿を浮かび上がらせるサーモグラフィーカメラを用いた作品を制作している平澤賢治さん。生命の輝きをテーマに制作し続けている平澤さんに、ファインアートの面白さと、現在手がけている蜜蜂のプロジェクトについてお聞きしました。


ゲスト:平澤賢治 (アーティスト)
聞き手:小林裕幸 (ART FOR REST クリエイティブプロデューサー)



──サーモグラフィーカメラとの出会い


 
小林裕幸(以下、小林):平澤さんと初めてお会いしたのはいつでしたっけ?

平澤賢治(以下、平澤):2008年と記憶しています。私が渡英する直前で当時は25歳でした。

小林:当初から目指しているところが独特でオリジナリティーがあって、経歴も異色だったので印象的でした。当時、慶應大学に在籍されていましたよね。
そのなかで、アーティストになろうとしていたじゃないですか。

平澤:Nick Knightさんに憧れ、当時はファッションフォトグラファーを目指していました。
2003年にNYに留学していた際、偶然立ち寄った本屋さんで手にした雑誌『+81』で彼の作品を初めて目にして感激したのを覚えています。革新的で実験的なスタイル、なんといってもビジュアルが強くて魅了されました。そこからファッションフォトやクリエイティブの世界に興味を持つようになりました。

小林:平澤さんの作品はスタイリッシュな感じがあるから、Nick Knightが好きだというのは分かりますね。
そこからどうやって現在に?

平澤:(NYの留学から)大学に戻ってから、いま使っているカメラと出会いました。
人工衛星や航空機から撮られた画像を解析して地表の変化を分析するリモートセンシング、画像解析を専門にする研究室*1に所属していた際に、サーモグラフィーカメラを使う機会を得ました。
友人をカメラ越しに見た瞬間に驚きとワクワクした気持ちが芽生え、体温(命)を可視化する技術と表現に直感的に可能性を感じました。あの時の経験と感動が現在の表現に繋がっています。


──ファインアートの面白さ



小林:ファッションフォト志望から、結果的にファインアートの分野で作品を作ることになったんですね。
ファインアートの面白さって、どこにありましたか?



平澤:SHOWstudio*2のアートディレクターだったPaul Hetheringtonさんの協力で、Nickさんのプロジェクトに関わる機会、クリエイティブの最前線を経験できました。ただ最終的にはクライアントワークとしての要件や制約のない「表現」そのものに関心が移っていき、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでアートを学びました。ロンドンでは日常でアートに触れる機会が溢れていて、社会における存在意義を強く感じました。

作品は作家の手を離れた時に、独立した存在として歩み始めると私は考えています。作品に意味や価値を付与するのは作家以外の人たちに委ねられるのです。それがアートの面白さのひとつだと思います。

小林:なるほど。


──日本におけるアートの位置



小林:海外にいた経験から、日本の(ファイン)アートの世界をどうみていますか?

平澤:2016年から1年間、パリに住んでいました。フランスではアーティストが尊敬されていることを実感しましたし、アートは身近なものでした。美術館ではスケッチをする子供をよく見かけますし、展示に参加すると作品について質問されます。それに、自宅やオフィスでアートを飾ることが日常で、作品を子供のために買い求めたり、家族で一緒に選んだり、海外ってそういうことが自然にありますね。

小林:海外は肩書きがある人たちだけではなく、一般の人とアートの距離が近いですよね。
日常にアートとの接点が多くあるから、暮らしに取り入れることにも自然と繋がっていて。

平澤:いま、日本では新たな成長産業が確立できないまま、安い円が支えるインバウンド需要や、過去の成果に依存したビジネスも多く見受けられます。労働者の賃金や商品の質を削ってなんとか利益を出す会社も少なくないと思います。様々な要因で物価上昇が続き、給与所得は増えず──。そんな状況下で増税は進み、日々の生活は困窮していってしまいます。

小林:まったくその通りですね。

平澤:インバウンドを推進するうえで、観光立国することを指針として、既にある文化的価値をより高めていく取り組みが必要じゃないかと。伝統を守りながら、現代に接続して更新していくことが有用だと考えています。
例えば、ヴェルサイユ宮殿で2010年に開催された、村上隆さんの個展《MURAKAMI VERSAILLES》は私にとって非常に印象的でした。日本でも国宝と現代アートを一緒に展示するなど、日本独自の「ART」を確立して、「深くてクール」な日本を体験してもらう。それに対して適正な価格で消費してもらうことを国や企業に推進してほしいですし、社会においてアートやアーティストが貢献できる余地はもっとあると思います。

小林:そういう視点が広がると、アートの分野も活性化しますね。





──熱を媒介として、自然界と繋がる



小林:作品の被写体はどう選ぶんですか?

平澤:対象が熱を発することはもちろんですが、「親密さ」や「共感」も重要で。
これまで身近な家族や友人のポートレイトに始まり、ダンサー、動物、昆虫に被写体が広がっていきました。
また「縁」も大切にしています。舞踏家・室伏鴻さんの研究プロジェクト「Responding to Ko Murobushi」の発表が私のスタジオがある北千住BUoYで開催されたのですが、ちょうど私は精神や魂、身体についてリサーチしている時で、舞踏についても調べていたんです。そこでプロジェクトのために来日されたフランスのダンサー Fanny Sageさんと出会い、彼女のパフォーマンスを見た後で撮影を申し出ました。日々の鍛錬に由来する身体とそこから生まれる表現に驚嘆しましたし、身体と魂が肉薄するのを強く感じました。

小林:話は変わりますが、最近は蜂蜜を作っているそうですね。
それはどういう興味から?

平澤:人間の体温を光として捉えて、「命の輝き」を記録することをコンセプトに制作を続けてきました。その後、感情や内面世界を表現したいと考えはじめ、対象に動物も含めることを決めました。大学時代の級友*3に協力してもらい、彼の実家で育てているサラブレッド馬を撮影させてもらいました。精神と肉体がシンクロして、彼らの存在が本当に美しかったです。
人間の感情や内面世界から動物や昆虫、植物に対象を広げていくなかで、「熱」で繋がる世界に着目するようになりました。




小林:馬をモチーフにした「Horse」のシリーズはそういうスタートだったのですね。

平澤:私は、ポートレイトを撮る前にお茶の時間をつくるようにしています。被写体となる方と歓談しながら、ジンジャーレモンハニーティーを一緒に飲みます。そうすると心の距離が近くなりますし、自然と体温も上がっていきます。
体に入るものだから食材にもこだわりたいと、養蜂に興味を持ち始めたのがきっかけです。

小林:普通、なかなかそういう考えに行きつかないですよね(笑)。




平澤:こうなると、まずは蜂蜜をつくる蜜蜂について理解を深めたいですよね。

小林:そういう研究家肌なところが、平澤さんっぽいですね。

平澤:今年の春から「きたもっく」*4さんに協力していただき、北軽井沢で養蜂をしています。
「きたもっく」さんは、火山がつくった北軽井沢の荒野に木を植えてキャンプ場の運営をしながら、そこで使われる薪や木材をつくり、木を切った森で蜜蜂を育てるという、彼らの自然に負荷をかけない循環していくものづくりに強く共感しました。

蜜蜂について知るため、彼らが運営する「ルオムの森」に観察用のガラスの巣箱を設置させていただきました。蜜蜂の巣は、内部が2段になっていて、1段目が群を増やすための子育ての領域、2段目が蜂蜜を貯蔵する領域になっています。私の巣箱はこの2段目をガラス製にして、なかでどういう活動をしているか観察できるようになっています。

幼虫が育つ巣穴のサイズで雌雄(女王蜂)が決まり、年齢や性別ごとに役割分担される蜂社会は、不思議と驚きの連続です。また、巣箱内の温度を巧みにコントロールする蜜蜂の習性に興味が湧き、内部の活動がより詳しく見られるガラスの巣箱を作りました。

小林:これが作品になるのか?何になるのか?っていうのが楽しみですね。

平澤:蜜蜂を観察していると、自然界において温度がいかに生命にとって重要な要素であるか分かります。人間、動物、昆虫、植物と温度で繋がる世界のありようを探求しています。

蜜蜂は植物の花粉を運ぶ媒介者(ポリネーター)として役割を担い、同時に人間にも自然界のことを伝えてくれます。こうして様々な世界を横断する役割というのはアーティストが社会において果たせる役割とも重なりますよね。

養蜂では多くの企業に協力*5していただいて、また、他の養蜂家や蜂蜜好きの方々と交流する機会も増え、蜂や昆虫を題材にするアーティストに蜜蜂の自然巣や蜜蜂が集めた花粉をプレゼントして作品に活用してもらうなど、クリエイティブの輪も広がっています。
こうした交流が本当に楽しくて、この蜜蜂の生態や養蜂に関しても自分の知見を他者と共有して、広げていきたいです。進捗は「Q」*6のインスタに更新していきますね。

作品としてどう着地しますかね?まだわかりません(笑)。




小林:すごい壮大なプロジェクトですね(笑)。
それが作品を購入する人、鑑賞する人に繋がっていくのかな?っていうのは面白いですね。

平澤:最近、Jason Hickelさんの著書『資本主義の次に来る世界』を読んでいて、ある言葉に心が留まりました。

 ──資本主義の古い教義から解放され、生命ある世界との互恵関係に根差す未来

ロンドンやパリでさまざまな背景をもつ人たちと共に生活するなかで、アートは多様な文化や歴史、思想を共有し、お互いの理解をうながす、一つのプラットフォームとして機能できると考えていました。そこに動物や昆虫、植物の世界での出来事や価値観も取り入れることで、生命ある世界に対しての理解を広げて深めていく機会をつくれたら、と現在の活動に取り組んでいます。

直感で「ナイス!」と感じることに取り組んできましたし、作品鑑賞も感覚で受け止めて、気になったことを調べて自身の中にとどめてきました。
ニュースの読み方にも繋がるかもしれませんが、「深堀り」することでアートの面白さは広がっていくと思います。

小林:全くその通りですね!
自分と作品のどこかに共有することが見つかるだけで、幸せなことですよね。




*1 吉田浩之研究室
*2 ファッション・フォトグラファーのNick Knightが主宰する、ファッションサイト。https://showstudio.com
*3 実家が新ひだか町の藤沢牧場である藤沢駿輔さん
*4 https://kitamoc.com
*5 養蜂は有限会社きたもっく、ガラス製の巣箱は株式会社 西尾硝子鏡工業所の協力によるもの。
*6 https://www.instagram.com/qprojects.ig

PROFILE
平澤 賢治(ひらさわ けんじ)
1982 年東京都⽣まれ、東京とロンドンを拠点に活動。 慶應義塾大学環境情報学部に在学中に人工衛星を用いたリモートセンシングの技術を習得し、その装置のひとつであるサーモグラフィーカメラを使った美術作品の制作を開始する。その後、渡英してロイヤル・カレッジ・オブ・アートの大学院で本格的に写真を学ぶ。自然光でも人工光でもなく有機体が内的に発する光を捕捉することで生まれる初期のポートレイト写真作品は、鑑賞者に生命現象に対する驚きと畏敬の念を喚起する。存命の著名人の蝋人形をサーモグラフィーカメラで撮影した代表作「セレブリティーズ」シリーズでは、逆説的に生命と非生命の境界線をめぐる問いを投げかける。動的な表情や感情にも関心を抱くようになった平澤は動物や舞踏に被写体の対象を拡大し、写真、映像、インスタレーション、パフォーマンスなど多様な手法、新しいメディウムやテクノロジーを積極的に摂取しながら自身の創作活動の幅を広げている。国内外での個展、グループ展やプロジェクトに多数参加。
http://www.kenjihirasawa.com
https://www.instagram.com/kenjihirasawa.ig

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